広東語センター企画 香港の旅 Sept 2-5

   〜コンサート、香港大学、青年団体との懇談会〜

 

 

     2004年広東語センター企画 

    I Love Hong Kong 香港ツアー                     

                               〜暁峰〜

 初日 9月2日東京成田発am10:00 CX509で香港へ旅立ちました。
 香港にpm2:00に到着、総勢17名、赤鑞角 香港国際空港からバスで九龍経由、ビクトリアピーク、文武廟、キャットストリートシェラトンホテルへ。
 この後、足マサージへ行く人、アンディーラウのコンサートへ行く人、自由行動をする人に分かれた。
今回私は九龍側のホテル滞在、ビクトリア湾の向こうに常宿怡東酒店を眺め何時もと違う香港を感じ始めていた。
 
    同伴の友人は私より20歳若い友人、そして、彼女は香港が大好き、彼女との縁は主人が日本に最後に帰国する為に私が一時帰国した時にグレーのカシミアのコートに目を奪われて入ったお店の人、この時「三日後香港に戻る時に持って行きたいそれまでに袖の直しが出来るなら買いたい」と言った事が縁で始まったお付き合いだ。彼女は アンディーのコンサートに興味を持ち。私は香港大学視察と地元実業家とのアフタヌンティーパーティーに魅力を感じての参加。

  成田の第一ターミナルの団体受付へ行った時、以前青山のNHK広東語センターで一緒に勉強をした友人とめぐり合った。その時は ご縁が無く 親しいお付き合いをさせて頂く機会に恵まれなかった。先生より彼女もツアーに参加されると伺っていたのだが最初にお会いした人が彼女だったので 人の縁とは不思議なものだとつくづく思った。三人仲良く座っての旅行がここから 始まったのだ。しかし ホテルに着いてからは 五人での行動になった。私は仕事を始めてから集まりに一人で参加する事が多くなり、一人で参加してる人を見かけると声を掛けたくなるのだ。

 我ら三人とクラスは違うがグレース先生の授業を受けてるお二人との仲間が出来上がった。一人はアンディーのコンサートへ残りの私を含めて四人は夕食に出かけた。ハイヤットホテルの斜め向かいにある海鮮料理屋へ入る事になった。入ってビックリ食べてる人が少ないのだ、何時も香港人の友人が連れて行ってくれる所は大勢の人がいたので 正直、飛んでも無い所へ入ってしまったかも知れないと内心思った。旅行客の足元を見ての客商売とは この事かと思い知った。以前、主人は会社の人から教えて貰った所、または、会社が接待で使った所しか私と娘を連れて行かなかったからだ。高級料理店の中には 中国クラブも有った。ここは 会員制で入れ替わりにしか加盟できないので 誰でもが入れる場所ではなかった。映画の夜半歌聲、栄家の三人姉
妹などで お金持ちが好んで食事をする場所として出てくる。今でも 高収入の人か有名人しか入れないので入れた私たちはラッキーでは無く、主人の立場に感謝する以外ないのだ。一般の香港の人が出かけた帰りに立ち寄る場所へも食事に行った事があるので、香港人の友人に尋ねておくべきだったとこの時気が付いた。金額も高かったのだが北京ダックが出てきたので私は非常にビックリした。最後にマイタンと手で円を書いたのに果物お汁粉が出てきて、この後で請求書が出てきた。アイヤー!・・・・
 

   二日目は私が楽しみにしていた香港大学視察、ここは 主人のアシスタントで今は私の友人が卒業した所、そして、今彼女は修士論文の最終仕上げに入っている。セントラルの山の上に住んでいた私たちが香港大学を訪れるには訪問し難い場所に有ったので ツアーの中に大学の名前をみた時 先生に心から感謝した。
 香港大学はガラスの城の映画に出てくる学校で、あそこも、ここもとキョロキョロしてしまった。私が使わせて貰っている*日本人のための広東語*広東語の辞書などを出して手がけてらっしゃる三人の先生にお目に掛かる事が出来た。香港大学では全て英語で授業を受ける、だから、広東語も同じアルバイトをしながら授業を受けてる学生は誰もいないとのこと。授業内容は新聞を読んだりする事から始まり、この時に発音が身に着くそうだ。これ以外にも課題が有り、一生懸命やらないと追いついて行かれない様だ。
 私たちが伺った時白人の女性が広東語のLL教室で勉強していた。いろんな国の人が勉強にくるとの事だった。昼食は 日本で言う所の学食でさせて頂くことになった、ぞろぞろ学食に入って行った私たちを怪訝そうに何人かの学生が見ていた。通されたのは 教授たちが食事をする場所のようで 大きな円形のテーブルが四ッあり、真ん中に五人の方が座ってらした。私たちは 端のテーブルに着いたのだが 五人の方が座ってらっしゃるテーブルに同席させて頂くことになった。日本語は殆ど無い状態で五人の中国語の偉い先生との交流が始まったのだが、私は何か接点を作らなくてはと思った、そうしないと無言の食事会が始まりそうで 折角の楽しい食事の場が・・・アイヤ〜!と言うことになってしまうと思った。

 今思うともっと別の方法が有ったのかも知れないが 私は自分の名刺を持って、中国語で「ニーハオ!」と挨拶をして回った。この時は仕事で身に着いた名刺交換が有りがたかった。それに私は 香港でもう一つ身に着いていた、それは国は違っても同じ人間と言う事だ、また真心で接した時、人は心で会話をしてくれるので言葉の壁は無くなると言う事も知っていた。これは 主人が香港で亡くなった時、葬儀、火葬をした晩に住まいの管理人さんが果物を用意して、私を待っていたくれたのと、香港を引き払って、日本に帰る日に言ってくれた言葉だ「お父さんは急に居なくなってしまったけど、苦しまなかったし、長い事辛い思いをしなかったのだから良かったんだよ!だから、貴方たちは元気に過ごすんだよ!それをお父さんは望んでいるよ!」「そして、お母さんは英語の勉強をして、また、香港に来てね!」と言ってくれた。この後、日本に帰って主人の葬儀をしたが、これほど、暖かい言葉は貰わなかった。だから、気遅れはなかった。初めてお目に掛かった先生方だけれど、何かのご縁が有って同席させて頂いたのだからと言う思いで一杯だった。
皆さん立派な教授でらっしゃるのに私のお隣の先生は中国語、英語、広東語を含めて話し掛けて下さり、その隣の先生は日本語を教えてらっしゃるとの事で、この夏には高田馬場の駅近くに宿泊して新宿の日本語学校へ用が有り二週間滞在したと話して下さった。この方とは 日本語で!
私たち五人は 中国語の先生方と同席させていただいてとても幸せだった。お隣のテーブルではどうだったのだろうか!

 食後は香港大学の購買部へ行き、記念になる物を購入、そして、この後、我らは足のマッサージへお出かけ・・・・
 私たち五人は8時15分からのアンディーのコンサートが行われるコロシアムへ向けし出発。コロシアムは ホンハムの改札を右に曲がると有った。もの凄い人・・・さすが人気俳優で女性ばかりかと思ったら、男性が多いのにもビックリ、日本の武道館より大きいように思う。私に同伴してくれた友人と二人天井に近いhk$100の席を買ったので、アンディーは豆粒ほどの大きさ。しかし、大きな画面が有ったので堪能できた。「次回はhk$400の席に行きましょうね」と友人と約束。
 pm8:15〜11:20までとは ビックリ!アンディーご苦労様です〜!そして ありがとう〜!
 
   三日目は地元実業家とのティーパーティー。
 私はレインボー柄の紬を持参、同伴の友人は浴衣、着物と浴衣とバランスが悪い様に思われるが、どちらも夏に着る着物なので若い友人には浴衣を持参して貰う事にしたのだ。
皆自分の名前を一字づつ説明、私は自分のを用意したのに先生に言ってもらい申し訳なかった。ここでも名刺が役にたった、それと着物と浴衣が。自己紹介の後は筆談になった。私は普段から作文を書いたり、最近では日記を書いたりしているので、筆談には困らなかった、私たちのテーブルには香港人の男性がお二人と元広東語センターでお手伝いをされてた方が通訳に入って下さった。お一人は旅行会社をされてる方、この方に私は
 今度香港から中国へ旅行に行く時お願い出来ますかと頼んだ。
もう一人の方は 証券会社にお勤めされてる方だった。私はこの方たち以外ともお話をさせてもらった、そして、次回香港に来た時には食事を一緒にしましょうと約束までした。約束をした二人の女性は私の香港人の友人が住んでいる太古のマンションに住んでいる方だった。ここでも人とのご縁を感じた。
 
   四日目は帰国空港に行く前にヒスイの店と絹の店に立ち寄った。
ここで私は紫ヒスイを購入したのだが、盧太と親しくなった。盧太は日本にいた華僑の人で日本語がとても上手でヒスイの原石の説明をしてくれた人だ。最初、紫ヒスイを買う気持ちは無かったのだが、同伴の友人の協力を得て、色のいい物を選び半値以下で購入する事に成功したのだ。これは今回の記念に買った。この買ったの事がご縁で「私は何時もはもっと長く滞在するのだが、今回は三泊四日だから、短くて疲れたといったら」「ツアーは短かいのは仕方が無い、そんな事を言ったら皆に聞こえるよ」何て言われた。
 広東語仲間の旅行とは知らない彼女たちは 私の身を案じてくれたようだ。ティーパーティーの時もこの時も主人は香港で亡くなりました。だけど、香港は大好きでここに住みたいと思っていると話したので、皆さんは私を特別に扱ってくれたように思う。友人の一人である台湾人の友人は香港の人はそんなに優しくないと言っていたけれど、私にはそうは思わない。

 主人がここで亡くなった、でも ここが大好きだという 私の気持ちが伝わるんで、皆、優しく接してくれるのだと思う。だから、私は日本より香港が好き。盧太が「$2000でいい家があるからね!」「今度 香港に来たら連絡してね、私の料理をご馳走するから」と言って電話番号」を教えてくれた。

 今回の広東語ツアーは 私にとって新たな香港人の知人とのめぐり合いの場所になった。来年三月には三週間香港に滞在して済ませなくてはならない事務手続きと今回知り合いになった方たちと再会したいと思う。そして、香港人の友人と浴衣を着てパーティーをする約束になっている。
pm3:05発で無事全員帰国した。

 広東語センターのANNY先生有難う。